東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)103号 判決
一 請求原因事実中、本願考案について、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続の経緯、考案の要旨及び審決理由の要点は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の取消事由の有無について考察する。
1 本願考案の隔壁について
当事者間に争いのない本願考案の要旨には、隔壁について、「隔壁がランナー軸心に平行な面内においてランナーの周面の近くにまで延びて」との文言がある。そして、成立に争いのない甲第二号証の一ないし三(本願考案の実用新案登録願及び手続補正書)によれば、明細書の考案の詳細な説明の項には、隔壁の構成に関して、「平行な両側壁を有する共通通路並びに上記側壁と同方向に延びる隔壁」、「隔壁は、送風機中で行なわれる圧力発生に何らの影響も与えないから、隔壁の端を特殊な形に作ることは不要にされ」との各記載、また、実施例についての説明として、「両側壁2´、2´´に平行に延びる隔壁5が設けられ、そのランナー3に面する端5´は、ランナーからその直径の約1/20に相当する距離だけ離して置かれる。」との記載があること、さらに、添付図面に示された三つの実施例においては、いずれもその隔壁がその端部を特殊な形に作らない板状であることが認められ、他方、本願考案の隔壁が右の板状以外のものをも含むものと解される明細書上の記載は存しない。
そうだとすると、本願考案の要旨の前掲文言は、側面から見た場合、隔壁の全体がランナー軸心に平行な面内にあつて、その端部が板状そのままの形状でランナー周面附近まで延びることを意味していると解されるから、結局、その隔壁は単純な板状であることを要するものといわねばならない。
2 第二引用例の「くさび状舌部」について
成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、第二引用例は、本願考案と同様に、空気を、羽根車(本願考案のランナーに相当する。)の周面の一位置において吸入し、羽根車を通過して周面の他の位置において吐出し、かつ、吸入側と吐出側の各通路を舌部(本願考案の隔壁に相当する。)で分割するように構成した横断流送風機に関する研究論文であるが、「7騒音」と題する一節(第二八頁ないし第三〇頁)には、主として「くさび状舌部」を持つ送風機について、舌部の先端と羽根車の周面との隙間をわずかに大きくすれば、圧力係数や効率にそれほど影響を与えることなしに回転にともなう騒音が低下することがわかつたこと、そして、実験上、右隙間の羽根車直径に対する比率が〇・〇四ないし〇・〇六のとき騒音の大きさが小さいことを示すグラフ(第30図)がそれぞれ記載されていることが認められる。
なお、被告は、右グラフが「くさび状舌部」のもののみを対象とした技術内容ではない旨主張するけれども、確かに、右の節には、「くさび状舌部」ではないECK送風機の特性を示すグラフ(第27図)も入つているが、それは「くさび状舌部」のものとの比較のために挿入されたにすぎないことは、その説明によつて明らかであり、同節、したがつて、第30図が「くさび状舌部」のものを主体とした記載であることは否定することができない。
ところで、同号証によれば、第二引用例の第23図の上部には、被告主張のとおり、A、B、C、D四種類の形状の舌部を持つた送風機の略図(断面)が記載されているが、そのうちCが「くさび状舌部」であることは、原被告ともに認めており、また、その形状に照らして、Dが本願考案の隔壁に相当することも明瞭である。しかし、第二引用例には、「くさび状舌部」なるものがいかなる形状を指すかについて明確な説明がないため、果して、何故にCが「くさび状舌部」であるのか、あるいは、A、B、Dが「くさび状舌部」でないのかどうかについては、なお検討を要するところといわねばならない。
(一) まず、一般的な定義からすれば、「くさび」とは、「堅い材木または金属で、一端を厚く他端に至るに従つて薄く作つた刃形のもの。」(「広辞苑」第二版補訂版参照)、「一種の斜面を応用したもの。柱の下にかませたり、物を押し割るに用いる斜面状のもので角の小さいほど力のきき目が大きい。」(工業教育研究会編「図解機械用語辞典」参照)ものであるから、これを空気の吸入側と吐出側の各通路を分割する舌部について類推すれば、
<省略>
右図のX、O、Yのように、二つの舌部をもつて小さい角αを挟んだ三角形状のものをこそ、「くさび状舌部」と称するに相応しいものということができ、この見地からすれば、第23図Cのものが「くさび状舌部」であつて、同Dのものが「くさび状舌部」でないとすることは、理解しえないものがある。
(二) 前掲甲第四号証によれば、第二引用例の第25図(「くさび状舌部」を持つ送風機の代表的騒音特性を示したグラフ)の上部にある図形は、第23図のCとほぼ同様であるから、前者が「くさび状舌部」であれば、後者も「くさび状舌部」といえるであろう。しかし、他方、前判示のとおり、「くさび状舌部」を持つ送風機に関するグラフである第30図を見ると、その上部にある図形の舌部は、第23図のCではなく、同図のDのもの(すなわち、本願考案の隔壁に相当するもの)に酷似している。
(三) 同号証によれば、第二引用例において、その筆者が明らかに「くさび状舌部」と対立するものとして掲げているものは、
<省略>
右図のように、舌部の羽根車側端部にこれとほぼ直角に案内壁を設けたもの(第27図ECK送風機の特性)であつて、その図形は、第23図のA、B、C、Dの各舌部のどれとも類似していないことが明らかである。
以上の各点を総合して考えると、結局、第二引用例の筆者は、厳密な意味における「くさび」を前提として「くさび状舌部」と称したものではなく、舌部の端部に案内壁を設けたようなものは別として、吸入側、吐出側を含む開口部の中間に差し込んでこれを二分するところの案内壁などを有しない単純な構成の舌部をもつて、比喩的に「くさび状」と形容したものとみるべきであり、したがつて、第23図に示されたA、B、C、Dの各舌部やDに相当する本願考案の隔壁は、いずれも、第二引用例にいう「くさび状舌部」に該当すると解するのが相当である。
3 以上のとおりであるから、本願考案の隔壁が第二引用例の舌部とは異なる旨の原告の主張は、もはや理由がない。そして、原告の審決取消事由は、あげてこの主張に基づくものであるから、それが失当である以上、審決に原告主張の違法があるということはできない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
ランナーと筐体との間に隙間が形成され、この隙間が、送風機の入口側に置かれて、廻転方向にもこれと反対の方向にもほぼ螺旋状に拡がつて行く送風機において、ランナーを収納する筐体部分が半円筒形に形成され、その中に半円筒形の軸心に平行な廻転軸を有するランナーが配設され、半円筒形における開放側に空気入口及び空気出口用の開口部が形成され、しかも、空気入口及び空気出口を分離する隔壁がランナー軸心に平行な面内においてランナーの周面の近くにまで延びて吸入空気流が渦流となるのを防止するとともに、上記隔壁のランナーに面する端部からランナーの周辺までの離隔距離が少なくともランナー直径の1/20に選定されていることを特徴とする送風機